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zoom RSS はじめに 私たちのキムチのふるさと

  作成日時 : 2010/12/14 14:05   >>

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韓国の慶尚南道・伽耶山にある海印寺。(ヘイン・サと読みます。)
世界遺産となった8万枚もの御経の版木がおさめられている古いお寺です。
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伽耶山は、清流ぞいに道が続く、美しくて山の豊かさが感じられる場所で、御寺への参道下には、観光客用の集落があって、小さなドライブインのような店が集まっています。画像画像
それぞれに干した山菜などを売っている素朴な観光施設で、どの店も食事の名店とはとても見えない様子ですが、干し山菜をもどして作ったナムルが想像もつかないほどのおいしさでした。



近くで採取し、手で干して、それからきちんともどしてナムルに仕立てる過程が目に見えるような気がします。山が与えてくれる豊かさと、それを恵みとして手にするための手間が当然のようにそこにあります。

普段「昭和」や「手作り」などの言葉で考える、人の手による本質的なあたたかみある豊かさが生きているところのようです。

驚くほどおいしかった山菜は「チナムル」といって、他のナムルと一緒にピビンパで食べました。
山菜が耐乏食ではなく、美味しいから食べるものなのだと初めて感じました。

慶尚南道・北道にまたがるこの地域を、古くは海印(ヘイン)と呼んだものだそうです。
趙家キムチは、この海印地方に長く続く「趙(チョウ)」の家の、とりわけ三代ほど前に家を取り仕切っていたおばあちゃんの味です。

このおばあちゃんは、近くでは知らぬものがない程に料理が上手で、冠婚葬祭などもこの人がいなければ始まらないという、地域の女性長老のような立場にありました。

この方の、料理に関するエピソードは大変興味深いものがあります。

御正月に用意する「おこし」をつくるとき、おこめを石焼きにするのですが、そのために使う石(細かくて、ほぼ砂といったほうがいいかもしれません)は、家から山を二つ越えてようやくたどり着く清流の河岸から採取して来るのだそうです。これで、何種類もおこしをつくり、特別な祭事用らしく箱にきちんと美しく詰めて縁者に配りました。
また、戦争直後の大変物資が乏しい時期に、ラジオなどから耳にした情報だけをもとに、バターの代用品を手作りしたうえで、ケーキを作り上げ孫に食べさせてくれました。
キムチを仕込むための魚醤やアミ塩辛、普段使いの味噌醤油などの調味料も、当然すべて手作りです。
時期になると、新鮮なイワシを確保して塩漬けにし魚醤を仕込み、こうじを作っては味噌に備えと、毎日のすべての時間を手仕事をとぎらせずに立ち働いていました。

趙家キムチは、おばあちゃんの手作りしていたものと変わらない魚醤やアミ塩辛を探し出し、日に当てて干しているような農家のトウガラシを集めて、このケーキまで作ってもらった孫の「趙」の記憶をたどって作りました。
趙の家の人々が「なつかしい」と言える味です。


名前を、「慶尚南道 海印 趙家キムチ」(キョンサナムド ヘイン チョウケキムチ)といいます。

あんまり長いので、「趙家キムチ」(チョウケキムチ)が商品名ですね。
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